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男の本質がセ〇クスで分かる理由

性欲なんて自分には関係ない。厄介だからできれば考えたくない。そう思っている方もいるかもしれません。 でも性欲を見つめることは自分がどんなふうに生きているかを見つめることでもあるんです。 性欲を学ぶことは生き方を学ぶこと。 アタシの大切なお友達である森林原人さんが新刊『性欲学』をそんな言葉で読み解いてくださいました。 2026年10月27日に発売されるアタシの5冊目の本です。人間の性欲の奥底で働いている深層心理を誰よりも高い解像度で1冊にまとめました。 森林さんはAV男優としての経験も交えながら書いた本人のアタシよりもわかりやすいんじゃないかと思うぐらい熱を込めて解説してくださったんです。 僕が『性欲学』を読んで感じたのはこれは性欲だけでなく自分の心と生き方を知るための本だということです。 人間の性欲の奥底にある深層心理を心理学の視点から体系立てて説明してくれています。 性欲はただ満たせば終わりというものではありません。なぜその人に惹かれるのか。なぜその関係を求めるのか。 そこには自分でも気づいていない心の動きがあるんです。 性欲と自分の心のつながりを4つの視点からひもといていきますね。 性欲だけが厄介者にされるのはなぜ?「性欲って学問になるの?」そう思う方もいるかもしれません。 『性欲学』では心理学特にユングの考え方をもとに性欲について体系立てて説明しています。 学問と聞いた途端に「自分には関係ないわ」と思う方にこそ知ってほしい内容なんです。 食欲・睡眠欲・性欲。よく三大欲求と呼ばれるものの中で性欲だけが疎まれて邪魔者扱いされがちですよね。 その厄介さを考えるときに大事なのが他者を必要とするという視点です。 食べたり眠ったりするのと違って自分だけで完結しにくい。相手が関わるからこそ難しくなるんですね。 「いやいやひとりで済ませればいいじゃないか」と思う方もいるでしょう。 でもひとりのときにも誰かのことを考えたり思い浮かべたりしていませんか?目を閉じて自分だけで完結するのか。 鏡に映った自分だけで満たされるのか。 そう考えると多くの人は想像の中でも他者を求めているのではないでしょうか。 欲求は満たされることで快につながります。食べてお腹がいっぱいになれば幸せを感じる。ぐっすり眠れたら気持ちがいい。 では性欲では何を満たしているのでしょうか? 性欲を満たすことで自分は何を得たいのだろう? 生殖という結果と快を求める気持ちは同じではない性欲は子どもをつくるためにある。その説明だけでは捉えきれないものがあります。 命を残そうと思ってムラムラするのか。命が生まれるのは行為の結果ではないか。そんな問いです。 いっぱい食べた結果として太る。寝すぎた結果として目が小さくなったように見える。寝すぎて目が小さくなるというのは忌野清志郎さんの表現ですけど そういったものはあくまで結果です。欲求に従う動機とその結果は分けて考える必要があるんですね。 妊活の目的があるからといって必ず気持ちや体がそのとおりに動くとは限らない。 これは僕が泌尿器科の先生から聞いた話なんですけど昼間に奥さんから「今日は排卵日だから今日はするわよ」 と連絡を受けた男性が慌ててバイアグラを求めて受診することがあるそうです。 そのときに憂鬱そうな顔をしている旦那さんもいる。医療者の間で「排卵日は挿入らん日」というブラックな言い方まであるそうです。 ブラックすぎて笑えもしませんよね。それだけ目的意識と欲求が一致しないこともあるという例なんですね。 快があるから求める。では性欲で得られる快とは何なのか。 ここでは男女を分けずに考えてみてください。食欲や睡眠欲を考えるときのように人間の欲求として見てみるんです。 誰かとつながること。 そこに性欲の快を見いだすことができるんです。 性欲をベッドの上だけの話にしない赤ちゃんはお母さんやお父さんなど自分の世話をしてくれる人を求めます。 自分をかまってくれる人とのつながりを求めるんですね。 少し大きくなって学校に通うようになれば友達が欲しくなる。社会に出れば恋人が欲しいと思ったり誰かに認めてほしいと思ったりする。 仕事をしなくなったあとも地域の中で誰かとつながっていたい。家族とつながっていたい。 そんな気持ちがあります。 その広いつながりへの欲求の中に性的な行為も位置づけてみるんです。 性欲をベッドの上の出来事だけに限定せず生まれてから死ぬまでの他者とのつながりとして捉える。ここでいう性欲はそういう広い意味なんです。 だから性欲を考えることが人生を考えることにつながる。人間の本質を知ることにもつながる。 『性欲学』はそこを教えてくれる本なんです。 チホちゃんの人生のふたつの転機僕も改めてチホちゃんのプロフィールを読んだんですけど なかなか波乱万丈なんですよね。この人生を経て今があるんだなと感じました。 京都生まれで米国NLP協会認定トレーナーや心理カウンセラー1級の資格を持ちセラピストとして活動している方です。 NLPは心理学に関わるアプローチのひとつです。ではそこに至る転機をふたつ見てみましょう。 ひとつ目は28歳のとき。脱サラして資本金100万円で起業し結果として年商約5億円の会社を作っています。 働く中には競争があります。決断しなければいけない。負けられない。 その中で「男らしさって何なんだろう?」と悩むようになったそうです。 そこで競争社会から離れるのではなく自分のセクシャリティへ目を向けていく。男性にも女性にも惹かれる自分を自覚していく。 この両方の視点がのちの『性欲学』につながっていくんですね。 もうひとつの転機は30歳のとき。親族の自死をきっかけに心理療法や脳科学の勉強を始めています。 自分や周りの人に起きた出来事を解き明かしたい。何が起きているのかわかるようになりたい。解決へつなげたい。 単なる知的好奇心というよりももっと切実な思いだったのかもしれません。そこから心理カウンセラーの道へ進んでいくわけです。 そのふたつが合わさって今のバイセクシャルの女装家セラピストという活動がある。僕が知る限りではほかにいない肩書きです。 男性1000人以上・女性200人以上との性的な経験。そしてカウンセラーとして3000人以上の方と向き合ってきたこと。 こうした経験と男性側と女性側の両方の視点を持っていることがチホちゃんの本の強みになっています。 僕も男性の体を持ちながら男性と性的な関わりを持つことがあります。ただお化粧をして 女性という役割や立場になって接するわけではありません。 そこには大きな視点の転換があると思うんです。僕自身も受け入れる側として関わることがあるのでそのときに感じるものはわかります。 相手に委ねるときの怖さ。自分の体に異物を受け入れる感覚。一方で自分が満たされていくような感覚。 そういう立場になって初めてわかることがある。男性としての立場だけではなかなか見えなかったものが見えてくるんですね。 チホちゃんは女装をして女性という立場で男性に接する中でそれをより具体的に感じてきた人でもある。 相入れないように見える男性側と女性側の視点がひとりの人間の中に共存している。そこがこの本の面白さにもつながっていると思います。 性欲を読み解く4つの視点本の土台になるのは次の4つです。 意識と無意識。ペルソナとシャドウ。コンプレックスと性癖。アニマとアニムス。 意識と無意識やコンプレックスは聞いたことがあってもペルソナやアニマと聞くと難しく感じるかもしれません。 でもこれは難しい言葉を覚えるためのものではありません。自分の欲求がどこから生まれるのかを見ていくための視点なんです。 その前に心理学を通して性欲を考える意味を少し見ていきましょう。 フロイトとユングのリビドーの捉え方心理学の背景には人間が世界の不思議を考えてきた長い歴史があります。 東アフリカで誕生したとされるホモ・サピエンス。今の人間に近い体や脳を持った人たちはできることや持っている知識は違っていても いろいろな疑問を抱いていたのではないか。 なぜ雨が降るのか。なぜ雷が落ちるのか。なぜ季節が変わるのか。 なぜ子どもが生まれるのか。 そうした問いに神話で答えようとし人間や世界を考える哲学へとつながりその流れから心理学も生まれてきた。 そんな大きな流れの中に位置づけてみるとわかりやすいと思います。 そこで登場するのが精神分析のフロイトとそのもとで学んだユングです。 師弟関係にありながらふたりはのちに決別します。ここで注目したいのは無意識や性欲の捉え方の違いです。 お金や男女関係でもめるという話はよく聞きますけど「無意識とは何か」「性欲とは何か」でもう一緒にやっていけないとなる。 それほど根本的な考え方の違いだったんですね。 ここで大事になる言葉が リビドー。 人を動かすエネルギーをどう捉えるかという話です。 フロイトの考え方では人間の原動力の根っこに性的なものを見ます。 仕事をする。誰かと会う。誰かを好きになる。 その行動の裏にも性的な欲求があると捉える。 なんだか僕の人生を肯定されているようで心強いですね。 一方でユングはリビドーを性欲だけではなくもっと大きな生きる力として捉えます。 仕事に向かう力。何かを生み出す創作。自然の中で感じる解放。 いろいろな形で現れるエネルギーとして考えるんですね。性的なものだけに限定せず生きる力として広く捉えているんです。 だから『性欲学』というタイトルでも性的な行為だけで完結する本ではありません。 人間関係や仕事や創作や自然の中での喜びにもつながっていく。性欲を考えるときの補助線として 心理学が役立つということなんです。 日常の優しさとベッドの上の姿が違う理由性欲にはその人の本性が映ります。 日常の姿だけでは見えてこない部分があるんです。 日常ではそれぞれの場面にふさわしい自分を演じています。名前を持ったひとりの人間がいろいろな役割を担っているんですね。 名前がついたからといってその人の人格や振る舞いがひとつに決まるわけではありません。 家族の中では子どもとして。学校では生徒として。部活では先輩として後輩として。 社会では仕事上の立場として。恋人の前では恋人として。 その場に合った自分を選んでいるわけです。 ところがベッドの上では日常の振る舞いを支える理性のブレーキが緩む。抑え込んでいたものが体を通して漏れ出すことがあります。 僕はある自己啓発の先生と親密な関係になった生徒さんから話を聞いたことがあります。 その先生はよく話を聞いてくれて優しくて頼りになる人だった。「マッサージしてあげるよ」と言われたことをきっかけに 性的な関係になったそうです。 僕が「どうだった?」と聞いたら「下手だった」という返事だったんです。 あんなに丁寧に話を聞いて寄り添ってくれる人ならきっと気持ちよくしてくれるはず。そう期待していたのに 実際には自分勝手で相手の感じ方が見えていないようだった。 ユングにも患者と親密な関係になったという話があります。先生としての顔と性的な場面での姿は同じとは限らないんですね。 相手を不快にしたり痛い思いをさせたりしたいわけではない。喜ばせたいと思っている男性も多いはずです。 でも自分の感覚でいっぱいいっぱいになってしまう。相手を見ているつもりでも自分が感じていることばかりが優先されてしまうんですね。 日常なら理性を働かせて優しくできる。でも性的な場面ではそれが難しくなることがある。 では理性を強く働かせればいいのかというと相手のことばかり考えて緊張し体が反応しなくなる場合もあるんです。 自分だけでも相手だけでもふたりで楽しむことにつながらない。そこが難しいところです。 相手を感じながら自分も気持ちよくなれる。 どんな人がその状態に近づけるのか。そこも本の中で扱っています。 我慢が当たり前になる前に心の声を聴く性欲に目を向けるのは相手の本性を見抜くためだけではありません。 自分自身の心の声を聴くためでもあります。 そんなものと向き合いたくない。気持ちよければそれでいい。そもそも自分に性欲があるかわからない。 そう思う方もいるでしょう。 でも普段は聞けない心の声に気づくために自分続きをみる

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