2人とも同性愛者で異性装 友情でつながった結婚の成功例
男装のレズビアン・ジョンさん(68)と女装のゲイ・マキさん(61)。日曜の午後に流れる長寿ドキュメンタリー番組でもおなじみの2人だ。現在は第8弾まで放送されていて、お笑い芸人の“みやぞん”が会いたい人に名前を挙げるなど業界内でもファンは多い。お互いひとりが寂しくなり“友情結婚”へ
ジョンさんは1984年、群馬県前橋市内でスナックを始めた。常連の客とある日、近所のゲイバーに行くと、六本木のゲイクラブ『プティ・シャトー』で“現役早大生ボーイ”として注目を集め、踊っていたマキさんがいた。
「カルチャーショックを受けたんです。歌も踊りもあか抜けていた。毎日通うようになりましたね。アフターにも行きました」(ジョンさん)
お互いの第一印象はというと、
「私が“郷ひろみ、そっくりね”と言うと、“大きな顔の女ね”と返してきたのよ。もう失礼じゃない!?」(マキさん)
「悪意があったんじゃないんですよ。お近づきの印としてね。言っても怒らないだろうと思って」(ジョンさん)
当時のジョンさんは店を終えると、ひとりで家に帰るのが寂しかったという。マキさんのいるゲイバーに立ち寄る日々の中、マキさんがジョンさんに結婚を提案した。
「当時は同性パートナーシップ条例とか、性同一性障害の考えもありません。でも、ふたりは戸籍上では『男』と『女』。私たち、正式の結婚ができるわよ、って言ったんです。同性の相手なら養子縁組はできるけど、本当の結婚をするのがお互い解決になるんじゃないかと思ったんです」(マキさん)
マキさんは姉、妹がいる長男として生まれ、実家は市議会議員を46年も続ける名家。いつまでもひとり身でいることへの世間体を気にしたという。
一方のジョンさんは、弟が結婚し跡取りの問題はないが、独り身としての不安があった。
「私はノンケの女性が好きですから、結婚できると思っていませんでした。でも、マキちゃんに言われてそうか、戸籍上は結婚できるんだと思ったんです」(ジョンさん)
ノンケでなくとも胃袋を掴まれた
マキさんがジョンさんを選んだ理由のひとつは、
「胃袋でつられたから(笑)」
スナックで出す、お通しのひじきが美味しかったという。マキさんは当時のこんな会話を覚えているという。
「私が“ジョンママ、デパ地下の惣菜屋さんで買ったの? 手作り?”と聞いたらジョンが“うちのは手作りよ”って。よく世間で言いますよね、『年上女房は金の草鞋を履いてでも探せ』って。ノンケではないですが、胃袋でつられました。本当に料理が上手なので。今でも、テレビを見ていて、『あれが食べたい』と言うとすぐに作ってくれます」(マキさん、以下同)
また、2人の食の好みもほぼ同じだったという。
「お互い、真っ赤な福神漬と真っ黄色のたくあんが好きじゃない。ごはんの上にのってると、色うつりしてるじゃないですか。その部分をごはんごと小皿に移すぐらいです」
さらには安堵感だ。
「小学生のころ、朝は快晴だったのに放課後に土砂降りの雨が降っていた。みんな、家族が傘を持ってきて帰る。自分も待っていると、やっとおばあちゃんが迎えに来てくれた。安堵感がありますね。それと、ジョンママがお店に来ないなと思って、ふと寂しく感じたときに、雨の日にひとりで来てくれたときの安堵感が同じだったんです」
ただ、結婚には3つの条件をつけた。セックスはしない。同性の恋人を持つのは自由、そして、隠しごとはなし。同性愛の「友情婚」のため、1つ目と2つ目は理解できる。3つ目はどういう意味なのか。
「ウソをつくと、上塗りをしなければならず、話のつじつまが合わなくなります。悪趣味と言われるかもしれませんが、晩酌のつまみにデートのことを聞いたり、報告し合ったりします」
マキさんがこう言うと、ジョンさんは「そんなことばっかり言って。相手に失礼じゃない?」と突っ込む。日ごろから、お互いに言いたいことを言い合う。
逆転夫婦ならではの仲直り方法
一緒に過ごせばケンカをすることもあった。ジョンさんは自らを「酒乱系」と言い、以前は、物にあたって、電気ポットを投げ、ガラス窓を割ったことも。
「普通の男女はケンカの後に肉体関係で戻ることがありますが、私たちはそれがない。そうすると、笑ったら仲直りということになるんだけど、私はなかなか笑えないんですよ。ケンカのあとに急に笑えって言われても無理でしょう。そうするとマキちゃんが笑わせにかかるんですよ」(ジョンさん)
「笑わせる芸当をいくつか持っているのよ」(マキさん)
独自のスタイルで円満な生活を送っているようだ。
「テレビとは違って本当の私たちはとっても仲がよいんです。ケンカもなく“ただいま”と“おかえり”を大切に日々を穏やかに過ごしています」(マキさん)
ドキュメンタリーでは激しい言い争いが話題になっていた。しかし、素のふたりを取材すると、夫婦漫才の掛け合いのような心地よい時間が流れていた。
(取材・文/渋井哲也)
マキさん
本名:宮本昌樹。茨城県生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業(文学士)。大学在学中から六本木のゲイクラブ「プティ・シャトー」で活躍。卒業と同時にフリーになり、観光にグルメ、ラブハントを兼ねて全国を行脚。その後、レストランクラブの経営や進学塾の講師、OLなどさまざまな職を経験。現在はステージを中心に活躍中。
ジョンさん
本名:宮本佳枝。群馬県生まれ。プリンスホテルに就職したのち、東京・六本木のレズビアンクラブで修業。故郷の前橋へ戻りミックスバー「パブハウス・ジョン」を開店。地元では美少年でお料理の上手なマスターとして有名だった。閉店後は伊香保温泉などに勤務、マキさんと友情婚をする。現在は介護福祉士として活躍中。
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