悠斗は床を拭きながら、深いため息をついた。
詩織はまだ笑いが止まらない様子で、バスローブの袖で目元の涙を拭いながらこちらを見ていた。
「いやぁ、ごめんごめん。でも、ほんとにやるとは思わなかった!」
「……俺だって、こんなことになるとは思わなかったよ」
悠斗は濡れた手を拭きながら、屈辱感を噛み締める。
——そもそも、無理な話だった。
立ちションをしようにも、悠斗にはそれを可能にするものがない。
けれど、詩織はまだ好奇心が尽きていなかった。
「ねえ、悠斗」
詩織がベッドに腰を下ろし、足を組みながら彼を見つめる。
「なんで男なのに、立ちションできないの?」
その言葉に、悠斗の心臓が跳ねる。
「……」
「だって、普通はできるでしょ? さっきのパンツの穴だって、そういうためのものでしょ?」
詩織はまっすぐに悠斗を見ている。
笑い混じりではあるが、どこか本気で疑問に思っているような顔だった。
「……そんなの、決まってるだろ」
悠斗は乾いた笑いを浮かべた。
「俺には、それがないからだ」
「それって?」
詩織はわざととぼけたように聞く。
悠斗は、答えたくなかった。
だが、もう逃げられなかった。
「……俺には、陰茎がない」
その言葉が、空気を変えた。
詩織はしばらく沈黙し、それから少し驚いたようにまばたきをした。
「そっか」
それだけ言って、また足を組み直す。
そして、何かを確かめるように口を開いた。
「じゃあさ、男にとって、あなたに無いものって何?」
悠斗は、その質問を聞いて息を詰まらせた。
男にとって、無いもの。
自分に無いもの。
——すべてだった。
けれど、それを口にするのはあまりにも苦しかった。
「……」
「ねえ、悠斗?」
詩織は悠斗が何も言えないのを見て、少し悪戯っぽく微笑む。
「認めたくない?」
悠斗は拳を握る。
そして、ようやく小さく呟いた。
「……俺は、男として、必要なものを失ったんだ」
それは、今さらすぎるほどの事実だった。
けれど、こうして言葉にしてしまうと、逃げられないほど重くのしかかってくる。
詩織はしばらく悠斗の表情を眺め、それからふっと笑った。
「……なんか、不思議だね」
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認めざるを得ない現実