バーの照明がぼんやりと揺れる。
悠斗は、少し酒が回った頭で、目の前の長身の美女を見上げた。玲奈は妖艶な笑みを浮かべ、グラスを傾けている。
「ねえ、もう一杯どう?」
「……いや、そろそろ帰らないと。」
そう言いながらも、悠斗の足は動かない。
玲奈はカウンターに肘をつきながら、悠斗の顔を覗き込んだ。
「つまんないこと言わないでよ。せっかく楽しく飲んでたのに。」
長い指が悠斗の手を軽く撫でる。
「ねえ、この後、ホテル行かない?」
玲奈の声は甘く、酔いに沈み込んだ頭の中にするりと入り込んでくる。
(……行くのか?)
ほんの一瞬、迷った。
だが、気づけば玲奈と共にバーを出ていた。
ホテルの部屋は薄暗く、間接照明が静かに光を落としている。
玲奈がコートを脱ぐと、しなやかな肩が露わになった。
「ほら、悠斗くんも。」
促されるままに、悠斗はジャケットを脱ぐ。
玲奈が近づいてくる。
(やめろ、気を抜くな……。)
だが、酔いと玲奈の香りに包まれた頭は、まともに働いていなかった。
玲奈の手が、悠斗のシャツのボタンにかかる。
「ねえ、キスしていい?」
唇が触れた瞬間、悠斗の背筋が強張った。
熱を帯びた玲奈の身体が、悠斗に密着する。
「もっと、触れてもいい?」
その瞬間——。
現実が悠斗を引き戻した。
(俺には、何もできない……でも、玲奈を満たすことならできるはずだ。)
悠斗は一瞬迷ったが、照明を落とし、部屋を真っ暗にした。
「ちょっと、暗すぎない?」
玲奈がクスッと笑うが、悠斗はぎこちなく微笑みながら、玲奈の手を優しく引いた。
「……こっちに来て。」
玲奈の肌が近づき、彼の首筋に唇が触れる。悠斗は焦燥感を抑えながら、枕元に忍ばせていたディルドを手に取った。
「……大丈夫、気持ちよくさせるから。」
そう言いながら、玲奈の体を抱き寄せ、ゆっくりとディルドを使い始めた。玲奈は小さく息を漏らし、指を彼の腕に絡める。
(俺は男だ。満たせるはずだ……これで……。)
だが、しばらくすると、玲奈の動きが止まる。
「……悠斗くん?」
玲奈の声には戸惑いが混じっていた。
「ねえ……私、もっとあなたを感じたいんだけど……。」
悠斗の手が止まる。
(それは……無理だ。)
玲奈の手が探るように、悠斗の股間へと伸びた。
「……え?」
次の瞬間、玲奈の指が悠斗の股間に触れた。
何もない。
沈黙。
「……どういうこと?」
玲奈の声から甘さが消え、疑問と困惑が入り混じる。
悠斗は息を詰まらせ、全身がこわばった。
「説明してよ……悠斗くん。」
玲奈の声が低くなる。先ほどまでの甘やかな雰囲気は消え、代わりに冷静な視線が悠斗を貫いていた。
「悠斗くん……どういうこと?」
彼女はまだ理解しようとしているのかもしれない。だが、悠斗は何も言葉が出てこなかった。
「あなた、隠してたの?」
沈黙。
「ねえ、答えて。」
玲奈はベッドに座ったまま、動こうとしない。その表情は、まるで謎を解き明かそうとする探求者のようだった。悠斗は、その鋭い眼差しに耐えきれず、視線を落とした。
「……そういうわけじゃない。」
「じゃあ、どういうわけ?」
玲奈は、悠斗が逃げないようにじっと見つめる。彼女の知的な目が、悠斗の心をえぐるように揺さぶる。
「ねえ……悠斗くん、あなたは本当に男なの?」
その問いが、心臓を突き刺した。
悠斗は息を呑む。
「……俺は……」
言葉にならない。喉が詰まる。
玲奈は、悠斗の言葉を待っていた。だが、悠斗には、彼女を納得させる説明ができなかった。
彼は答えられなかった。
逃げ出したい。
だが、玲奈の手は、もう離れようとしなかった。
本能的に、玲奈の手を掴んで止めた。
「……ごめん。」
「え?」
玲奈の眉がわずかに寄る。
「何か、まずかった?」
「違う……俺、無理なんだ。」
悠斗は後ずさるように、ベッドから立ち上がった。
(どうして、こんなところに来たんだ?俺は何を期待してたんだ?)
「ごめん、先に帰る。」
「ちょっと、悠斗くん!」
玲奈が手を伸ばしたが、悠斗はそれを振り払うようにして、ホテルのドアを開けた。
冷たい夜風が、熱を帯びた身体を一瞬で冷やした。
(俺は、もう誰とも交わることができないのか……?)
街のネオンがにじむ。
悠斗はそのまま、歩き続けた。
孤独と喪失感を抱えながら。
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交わらない夜