悠斗は、大浴場の入り口で立ち尽くしていた。
男湯。
「……行くしかない。」
タオルをきつく握りしめ、意を決してのれんをくぐった。
脱衣所では、数人の男たちが無造作に服を脱いでいる。悠斗はできるだけ目を合わせないようにしながら、素早く服を脱ぎ、タオルを巻いた。
(タオルを巻く位置が難しい……。)
股間を覆うようにしっかりと巻くと、タオルの形が不自然になり、明らかに膨らみがないのが目立つ。だが、腰のあたりで適当に巻くと、肝心な部分が隠しきれない。
(見られたら終わりだ。)
陰毛もないため、ズレたら一瞬で人工女性器なのがバレる。
悠斗の股間は男性の本能を刺激してしまう女性器と同じ構造なのだから。
悠斗はタオルを押さえながら、なるべく視線を低くして浴場へと足を踏み入れた。
湯気が立ち込める広い浴場。
端の方で体を洗うことにした。幸い、ほかの客は各々の洗い場で黙々と体を流している。
(今のところ、バレてない。)
しかし、鏡越しに自分の裸を見た瞬間、また現実が突きつけられる。
筋肉がつき、体つきは男らしくなってきた。だが、股間には何もない。
(こんな体で男湯に入ってるなんて……。)
湯の流れる音がやけに大きく聞こえる。悠斗は無意識に足を閉じ、タオルをさらに押さえ込んだ。
「よし……。」
体を洗い終えたら、次は湯船。
(ここからが問題だ。)
湯船にはタオルを持ち込めない。
湯船に浸かるとき、一瞬でもタオルがズレたらアウト。
膨らみのない股間、女性のそれと見間違えられるほど整った割れ目。もし誰かの視線がそこに向いたら——。
悠斗は慎重に湯船へと歩を進めた。
(どうする……?)
タオルを腰に巻いたまま歩いていたが、湯船に入る直前で外さなければならない。普通ならば何の問題もない動作だが、悠斗にとっては一瞬の油断が命取りだった。
(タオルを外したら……もし見られたら……?)
周囲を見渡す。誰もこちらを気にしていないようだが、安心はできない。
悠斗は一度、湯船の縁に腰を下ろし、背を丸めるようにしてできるだけ股間を隠した。
湯の中へ足を滑らせながら、タオルをそっと膝の上で外す。
(よし、これなら……。)
湯が膝まで浸かると同時に、タオルをさりげなく手元に残しながら、完全に湯の中へ沈んだ。
胸まで浸かったところで、ようやくほっと息を吐く。
(バレてない……はず。)
周囲に目をやると、誰も彼を気にしていないように見えた。それでも、悠斗の心臓は高鳴ったままだった。
視線が気になる。誰もこちらを見ていないはずなのに、周囲の男たちがすべて監視者のように思えてくる。
湯船の縁に腰を下ろし、そっと湯に足を浸す。
(頼む、誰も俺のことなんて気にしないでくれ……。)
次の瞬間、隣に座っていた中年の男が、ふと悠斗の方を向いた。
「お兄さん、ずいぶん慎重だねぇ。」
悠斗の背筋が凍りつく。
(終わった……!?)
男の視線がどこを見ているのか分からない。悠斗は息を止め、ゆっくりと湯の中へと沈んでいった。
何とかごまかせたのか、それとも気づかれているのか。
湯に浸かると、ようやく少しだけ緊張がほぐれた。
だが、それでも完全に気を緩めることはできなかった。股間を見られるのではないかという不安が頭から離れず、悠斗は無意識のうちに足を閉じ、両手を股間にやってしまっていた。
(これ、逆に不自然じゃないか……?)
そう思いながらも、どうすることもできない。リラックスしようとすればするほど、体が強張ってしまう。
隣の男が腕を広げ、堂々と湯に浸かるのを横目で見ながら、悠斗は自分との差に気づく。
(普通の男なら、こんなこと気にする必要ないのに……。)
狭まる視界、熱くなる呼吸。
悠斗は自分の不自然な姿勢に気づきつつも、どうしても手を離すことができなかった。だが、心の奥には、今も不安がくすぶり続けていた。
「やっぱり、風呂はいいねぇ。」
隣の男が気持ちよさそうにため息をつく。
悠斗も、形だけでも笑みを作りながら頷いた。
「……そうですね。」
だが、この風呂は、決して気持ちのいいものではなかった。
(あと何分、ここにいればいいんだ……?)
早く出たい。
早く、この試練を終わらせたい。
だが、それを焦れば焦るほど、不安と緊張は膨らんでいくばかりだった。
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男湯への挑戦