雨が静かに降る夜、悠斗は鏡の前に立っていた。
彼の顔には見慣れたはずの面影があった。しかし、それはどこか他人の顔のようにも感じられた。頬は少し丸みを帯び、喉には喉仏がなく、声も低くはない。肌はなめらかで、長年のホルモン療法が作り出したものだった。彼はその身体に違和感を覚えながらも、じっと鏡を見つめ続けた。
「本当に、これが俺なのか……?」
そう呟いた声は、彼が期待していたようなものではなかった。彼の胸には微かに膨らみがあり、下半身には、かつてあったものがもう存在していない。
三年前、19歳だった彼は、深い悩みの末に女性として生きる決意をした。そして、性別適合手術を受け、男性器を失った。あのときは確信していた。これが自分の望んだ人生なのだと。
だが、22歳になった今、その確信は霧のように薄れ、もはや何も見えなくなっていた。
かつての自分を捨て、全く新しい自分になれると思っていた。しかし、時間が経つにつれて、彼の心の奥底にくすぶる感情が姿を現した。女性としての身体を持ちながらも、心の中では「男である自分」が生き続けていた。
「俺は……本当に男になりたいんだ。」
その言葉を口にした瞬間、悠斗の中で何かがはっきりとした。ずっと曖昧にしていたものが、形を持ち始めた。
だが、その先に待っているのは、簡単な道ではない。すでに男性器はなく、元に戻ることはできない。ホルモン療法を受けても、完全に元の自分には戻れない。性行為に対する不安、社会の視線、そして「自分は本当に男なのか?」という終わりのない問い。
それでも、悠斗は決めた。
「もう一度、男として生きる。」
その決意がどこへ向かうのかは、まだ分からない。
しかし、この夜、雨音が静かに響く中で、彼は一歩を踏み出したのだった。
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序章:決断の瞬間